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榎本税務会計事務所

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たった一人で
ビール業界に挑み、
日本のクラフトビール史
築いた男。

サンクトガーレン有限会社
代表取締役 岩本伸久氏

厚木市でビール製造を営むサンクトガーレンは、日本を代表するクラフトビール(小規模醸造所が職人的な技術で作り上げたビール。地ビールともいう)のブルワリー(醸造所)です。ヨーロッパの伝統的な製法で丁寧に造られた本格エールビールはもちろん、「スイートバニラスタウト」や「湘南ゴールド」などのスイーツビールも積極的に展開、ビールマニアのみならず女性ファンからも圧倒的な支持を獲得し、今や高島屋をはじめ全国のデパートや食品スーパーで流通されています。

しかし、サンクトガーレンの歩みは決して平坦なものではありませんでした。もともと日本にはクラフトビールの文化がなく、法律上、大手メーカー以外ビール製造ができない状況が長く続いていました。そんな状況を独力で打開し、日本のクラフトビール史をゼロから創ったのがサンクトガーレン代表の岩本氏と、そのお父様。実は榎本税務会計事務所は、同社の黎明期からその税務・会計をお手伝いし、サポートし続けてきました。

名もなき零細企業が、いかにして日本を代表するクラフトビールメーカーへと成長したのか。その波瀾万丈の歴史を、岩本氏に聞かせていただきました。

日本の酒税法に挑み、
地ビールブームの火付け役に

サンクトガーレンの設立の経緯を教えてください。

80年代から90年代にかけて、私の父は飲茶(ヤムチャ)の店を経営していました。好景気の波に乗って順調に経営を拡大していき、ついにはアメリカにも出店。アメリカで経営をしていくうちに、アメリカでは小規模ブルワリー(醸造所)が自由にビールを製造できること、そしてアメリカで流通されていたエールビールのおいしさを知り、「自分もおいしいエールビールを造り、日本にも広めたい」と夢見るようになりました。

しかし、当時の日本では酒税法上、小規模醸造所でのビール製造はできず、事実上、市場は大手ビールメーカーに独占されている状況でした。そこで父がとった行動は、サンフランシスコでブルワリーを作り、ビールを製造するというもの。さらにここで造ったビールを輸入し、日本国内で販売したのです。これが、サンクトガーレンブランドの始まりです。

日本でダメならアメリカで造る。すごく斬新な発想ですね。

当時このことはアメリカでも話題になり、タイム誌にも取り上げられました。やがてその影響が日本のメディアにも波及し、ついに1994年、小規模のビール醸造が日本でも認められます。これがいわゆる「地ビール解禁」。我々も1997年に厚木市にビール工場を作りました。

当時は地ビールブームでした。

サンクトガーレンもブームの追い風に乗ってしばらくは順風満帆でした。しかしブームは長続きしませんでした。おそらく、ビール造りへの志が低い事業者が多かったからでしょう。ビールはアルコール度数が低いので雑菌が繁殖しやすく、製造や瓶詰めの工程を丁寧に管理しないと、すぐに傷んでしまいます。当時市場に出回っていた地ビールの中には、劣化したビールが少なくありませんでした。

もちろん、我々は違います。手間を惜しまないビール造りを続けることで、ビールマニアからは高い評価を獲得し、品評会でも入賞するようになりました。しかしブームの終息に伴い業績は悪化。2001年には赤字を計上し、ついにビール製造の免許を失効してしまいました。

たった一人の再出発、
サンクトガーレン復活へ

その後、どのようにして事業を再開したのですか?

私一人で事業を興すことにしました。父の会社の敷地内の工場を借り、2002年にサンクトガーレン有限会社として法人を設立。免許の申請もかなり大変でしたが、国税庁を相手に粘りに粘り、何とか免許を取得しました。
しかし、免許を取った後も苦労は続きます。まず、免許取得後9ヶ月間、稼働することができなかった。

なぜ免許を取得したのにすぐ稼働できないのですか?

そういう規定があったからです。おそらく国税庁にとっては、それだけの期間、企業として経営を続けられる資金力があるか、テストするような意味合いでしょう。当時は私一人で会社を立ち上げたばかりですから、資金繰りには大変苦労しました。新しい会社ではじめてビールを造れるようになったのは、2003年のことです。

新生サンクトガーレンは、どのような方針でスタートしたのですか?

従来の「薄利多売」では大手メーカーに太刀打ちできないと私は考えました。そこで取った方針は、「本当にビールが好きなマニアにだけ買ってもらえればいい」というもの。幸い、サンクトガーレンはすでにマニアの間で人気の根強いブランドだったので、高品質なビールをコツコツ造っていけば、経営は成り立ちました。2005年ごろには経営がかなり楽になり、借金も減っていました。

日本のクラフトビール史に革命を起こす、
チャレンジの数々

2005年ごろを境に、サンクトガーレンの商品ラインナップは一気に多彩になっていきました。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

当社には現在、広報担当の中川という女性がいます。彼女と出会ったのがちょうど2005年ごろ。中川は当時別の会社でイベント広報の仕事をしていたのですが、縁あって、当社の仕事を手伝ってくれるようになったのです。

彼女のアイデアから、サンクトガーレンの商品づくりと、販促戦略は大きく変わっていきました。その皮切りとなったのが、2006年のバレンタインデーに合わせて発売した「インペリアルチョコレートスタウト」です。

現在もバレンタインデー限定で販売している名作ですね。ビターチョコレートのようなほろ苦い香りがする濃厚な黒ビールです。

黒ビールを選んだのは、広報の中川が苦いビールが苦手で、まろやかな黒ビールのほうが好きだったから。そしてできあがったのがインペリアルチョコレートスタウトです。カカオが入っているわけではないけれど、まるでビターチョコレートのような香りがするので、バレンタインデーに合わせて売ろうということになりました。
2005年の年末にかけて中川が広報活動を頑張ってくれたおかげで、大手新聞にも取り上げてもらい、Yahoo!のトップニュースにも掲載されました。結果、わずか4日間で6000本が売れるといいう空前の売れ行きになりました。
その後、高島屋さんからも「インペリアルチョコレートスタウトを取り扱いたい」というご相談をいただいたのですが、私は生意気にも一度断ってしまいました。

なぜですか?

サンクトガーレンは、「ゴールデンエール」をはじめとした通常商品も自信を持って作っています。それらも一緒に取り扱ってほしいとお伝えしたのです。するとその後、高島屋さんではサンクトガーレンの商品一式を取り扱っていただけるようになりました。

インペリアルチョコレートスタウトがヒットした後、経営戦略に変化はありましたか?

マニア以外にもエールビールの良さを知ってほしいと思うようになりました。インペリアルチョコレートスタウトは、ビールが苦手という女性のお客様からも大変好評で、サンクトガーレンの顧客層が一気に広がったのです。「売り方」の大切さも学びました。たとえば「チョコレートのような香り」と表現すれば、ビール嫌いの女性にも興味を持ってもらえる。伝え方次第で商品の価値が高まるわけです。
その後はこの成功体験を活かし、麦芽を原料にしてワイン並みのアルコール度数を持つ「バーレーワイン」をボージョレ・ヌーヴォー解禁に合わせて発売したり、神奈川県原産の柑橘・湘南ゴールドをふんだんに使った「湘南ゴールド」や「パイナップルエール」といったスイーツビールを造るなど、新商品の開発・販売に注力するようになりました。

日本のクラフトビールは、
まだまだ進化する

スイーツビールなどの斬新な商品の開発にあたって、苦労されたことはありますか?


最初、ビールマニアからはずいぶん叩かれました。ネットの掲示板で「サンクトガーレンは邪道に走ってしまった」などと書かれたこともあります(笑)。しかし、私はやめる必要はないと考えました。我々のスイーツビールは、本物のビールに本物の果物やバニラビーンズなどを入れて造っている、まっとうなビールだからです。
多くのお客様はサンクトガーレンを支持し続け、励ましてくださいました。特に印象的だったのは、スイーツビール発売の年に開かれたビアフェスティバルでスイートバニラスタウトが人気1位を獲得したこと。「ビール好きのみんなが、こういうビールを待ち望んでいたのだ」と確信することができ、嬉しかったです。

数々のヒット作を世に送り出している秘訣は何なのでしょうか?

「個性」を演出することが必要だと思います。たとえば口当たりの優しいビールを売るとき、「苦くないビール」といってしまうと面白くないけれど、「チョコレートのような味わい」といえば興味を持ってもらえる。
あとは、ファンを大切にすること、だと思います。本当にビールが好きなお客様は、多少値段が高くても気にせず、良い商品、好きな商品を手に入れようとされます。そういうこだわりを持った方々に楽しんでいただけるよう、手間暇をかけて良い商品を作り続けています。

今後の抱負を教えてください。

クラフトビール、およびエールビールの魅力をもっと広めたいです。日本では大手メーカーが造るラガービールが主流で、それ以外のラインナップが乏しい状況ですが、移民国家であるアメリカに行くと、実に多彩なビールが流通しています。食事と合わせて爽快感を楽しむラガービールと違い、我々が造っているエールビールは、一口ひとくちじっくり味わうビール。ビールの新しい飲み方も、提案していかなければならないと考えています。
また、ビールの世界は今も進化を続けています。私は常にビール文化の発信地であるアメリカのトレンドにアンテナを張り、自社商品に取り入れています。それがきっかけで、日本のビール業界にも多様性が生まれればいいな、と考えています。


最後に、同じように中小企業の経営に奮闘している経営者に向けて、アドバイスをお願いします。

サンクトガーレンは中小というよりは零細企業ですし、私は自分が成功者だとは思っていませんので、偉そうなことはいえません。私はただ、おいしいビールを造り、皆さんに楽しんでほしい一心で、手間を惜しまず仕事をしているだけのことです。先ほどもお話しした通り、アルコール度数の低いビールは品質管理が難しいもの。私は今でも暇さえあれば工場に行き、機械や商品の様子を確認するようにしています。これからも今まで通り、コツコツ地道にビールを造りたいと思います。

  • 担当会計士
    守屋

いつもビールタンクの前に立ち、試行錯誤する岩本社長の姿を20年近く見てきましたので、ゼロどころかマイナスからのスタートだった社長が、こうして、日本クラフトビール界の第一人者としてご活躍されていることが、とても嬉しいですし納得もしています。

会計士としては、クラウド会計ソフト『マネーフォワード』を導入することで、記帳などにかかる時間面のコストを大幅カットしました。

岩本社長がビールづくりに集中できるよう、これからも様々な形でお手伝いしていきたいと考えています。

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